あれから25年が経った。25年である。堰を切って溢れ出だす、生きることへの執着と希望。25年ぶりに解放され見る陽のもとで目を潰されながら、与えられた自由に戸惑うこの浦島太郎はわたし。当時高校生だったわたしは今、大人になった。

公開より一か月。あれから何度か劇場に通い、ようやく魂がルフラッてきたので言わせてもらうが、この四半世紀エヴァンゲリオ…じゃなくて新世紀エヴァンゲリオン、嬉しいのか悲しいのか、とうとうほんとうにほんとうに誰が何と言おうと、終わってしまった。完だ完。内容がよかった、悪かったなどという話しではなく、もう次とかないでマジで。と、言われてしまうと、覚悟はしていたがとにかくもうなにをしていいのかわからなくなり、人生も半ばだというにただただ立ち尽くしてしまうばかりである。あとの楽しみといえばもうベルセルクくらいか、今のところゴッドハンドが殲滅されるような気配はまったくないが。

話は戻るがこのエヴァ。エヴァについて書くが内容には一切触れない、今回の趣旨ではにゃい。たまりにたまったものも吐き出さない。もう大人だから。庵野こ〇すとかも書かないもう大人だから。だからお嬢ちゃんも安心して入ってきてほしい。わたしのATフィールドはいつだってフルオープンである。気持ちの悪い言い方になってしまったが変な意味は微塵もない、念のため。そんなこんなでわりとまじめにいま人生が終ろうともある程度すっきりいけるくらいの心持ちではある(内容のことではなく)。身体だけは年とともに育ったが、中身は25年前のあの日から静止したまま、ハッと気づけば、イヤンまた知らない天井ねって、家に帰ればすでに奥さんはおるし、毎日飽きもせずだれが裏コード入力すんだよってくらい子どもたちは暴れている。健全な肉体に健全な魂は宿るとは聞いていたが、健全である魂をおそらくまだ健全であろう肉体に取り戻した今、これからはこの25年を補完するためにわたしは生きていこうときめた。きっとあちこちにピースは散らばっている。もはや行脚である行脚、おわかりいただけるであろうか?ま、取りあえず今日もすこしずつ霞みゆく終焉の余韻を楽しみながらLCLをくらい、活動限界までに家に戻る、でどうだい?やったぜ、やってやったぜ!だが昨今のこのなんとも窮屈な世の中、あまり遅くなるとさっきまで笑っていた奥さんもまあまあの怒り指令である。とばっちりで蹴散らさられるこどもたち。もう数えることすら放棄した我が家のインパクトが今日も始まる。さようなら、全てのエヴァンゲリヲン、とわたし。

しんしょくタイプにしずみあきたけ